「残す」ということ (裏題:暇人のたわけ言)

なぜ人間は残そうとするのか
わが身のゆえんを
刻もうとするのか


残すことで残らないことだって
あるかもしれないのに


のこすということは


「貯金をするということ
 子供を生み育てるということ
 語るということ
 描くということ
 伝えようとすること」


これは人間の、動物の、生命の、
宿命なのであろうか
残すという宿命


のこすという強迫観念に
突き動かされて
生きている、生かされている
そんな気がする


[俗な戯れ、本心の戯れ]
(お金が欲しい
 土地が欲しい
 家が欲しい
 夢が欲しい
 希望が欲しい
 信じるものが欲しい
 すべてが欲しい)


なにも残さなくていいのであれば
どんなに気が楽であろうか
物や欲から解放され
心が解き放たれ
ただただ生きていれさえ
すればいいのであれば


そんな生き方
できるだろうか
できないだろうか
できるはず・・・
いやできないはず・・・
できないはずでもできるだろうか・・・


もしかすると
できるかもしれない


もしかすると
もしかするかもしれない


残すことで残らなくなることもあるのか
残そうとしなければ残るのか
残そうとしないことで残るのならば
その裏をかいて残ることを
望むこともできようか


残すことを望まない生き物がいるだろうか
残すことはもはや 宇宙の法則なのだろうか
残さないことはもはや 宇宙の法則にそぐわないだろうか


目を瞑るとそこに暗闇がある
瞼の裏の闇の世界に
光もなければ影もない
奥行きの深い暗闇がある


(おとなきおと
 いろなきいろ
 すがたなきすがた
 ことばなきことば)


(無の中の有
 有の中の無
 あるところになく
 ないところにある)


[生身の私]
(おみゃは坊さんか!
はては仏法に目覚めたか?)


残すということ


自分の存在を知らしめること
何かを築き上げ、それを後世につたえるということ
その根底にある原動力は何か
何が人をそうさせるのか
何が人を掻き立てるのか


日記を書くということ
人生の一部を刻むことで
後世に伝えるというよりも
とにかく自らの生の意味を見出そうとする
残らなくてもいいが
(残そうとすることで 生きることに価値を見出そうとする
自分の存在を肯定しようとする)
人に認められようがなかろうが
とにかく自分だけは自分を肯定しなきゃいけない
そうでないと生きていけない
少なくとも私はそう思う、
あるいはそうだと思い込んでいる
だけなんだろうか


いや、それよりももっと深い原因が
あるのかもしれない
(あるやもしれぬ・・・のぉ、ばぁさん)


自分の存在など空気のように無味乾燥で
誰にも気づかれなくとも暮らしていける人間は
きっとどこかにはいるだろうから
(仙人のように 山にこもり
ひたすら自分の内側だけを見つめることで
精神を高めようとする行為はその現われであろう)


しかし私は
もっと深いところが見たい
深層の海底にもぐりこみ
静寂の深海をただよいたい


恐れだろうか
苦しみだろうか
悲しみだろうか
それともただの海の底・・・


もしも恐れだったとしたら
何に対するそれだろうか


存在が残らないことか
存在を傷つけられることか
それとも肉体次元の問題なのか


痛み
痛みに対する恐れ


[生身の私]
「痛いことは耐えられない
いくら精神を高めたって
痛いことにはかなわない
平常心 平静 落ち着き 誇り
そんなのいったい何になるの
痛みや苦しみは
存在のよりどころを一瞬にして
木っ端微塵にしてくれるじゃないの
なんて恐ろしいの痛みとは!」


私は痛みが恐ろしい
恐れを捨てろといわれれば
日常そのように心がけるが
痛みは不意にやってくるのだ
招かずともやってくる


痛みにおそわれたら
私が私と認識してきた自分というものが
無残に打ち砕かれて
無様な人間に成り下がるだろう


許してください、
なんでもします、と
命にしがみついては
汚物を汚物とも思わず
飲み込むことさえ
意を問いもせず


ともすれば
恐れの先に自己を忘れ
生きるためにはなんでもいたす
ゴミのような人間
それが私の本性だ
それが私の真の姿


拷問に かけれたくはない
傷つけ 傷つきたくもない
へりくだり あなどられるのはもうご免


それは痛いから嫌だというのが
現実的で表層の理由


それは醜い自分を
心の奥にかくまい続けてきた卑しき自分を
目の当たりにするのがいとおぞましいから
これが意識の深層に降り積もった静かな真実


だからなんだ
偉そうに御託を並べたところで
結局のところ真実を変えられるわけではない


いつまでたっても
やっぱり死ぬことは怖いし
息を止めれば苦しくて
(せいぜい二十秒も頑張れればいいほうで)
人に嫌われるのは辛いから愛想笑いも続けるし
迷信が怖くて蜘蛛を殺したりできない
(蚊はいとも爽快にやっつけるのに
罪なき蝿を、そこに居ること自体が
そもそも罪であるかのように
意気揚々と叩き潰してしまうのに)


私という人間は
卑怯者で臆病者で強がりで
言い出せばきりがないほど
一生かかっても言い切れないほど
とにかく、とにもかくにも
どうしようもない人間で、
であるからし
どうしようもなく人間で、
であるからこそまた
自分がかわいく、いとおしく、
そして自分をかわいがり、いつくしもうと
するのだろう


そんなことを あれこれと
真っ暗な夜の世界で思案するのだが
とくべつ今宵に限っていろいろ想いがこみあげるのではない
いつも常に心の様相は激しく変化しているのだ


だけれどもとりたててここに書きたててみれば
なにかとても大切なことのように
摩訶不思議な深層心理の宇宙のように
見てとれないわけでもない


結局のところ
私はここに
自らの存在を書き付けているのだ


なんの変哲もない
ある日ある時ある夜の自分を
あろうことなかろうことすべて
時空を超えて
時空を忘れて
意味もなく書き付けて
意味のない時間を過ごし
この意味なき時を
なぜかこうして書き綴り
時々は読み返し
現にこうして形に残しているではないか


いや、私は形に残そうとして残したのではない
結果的に残ってしまったけれど
ここに描かれていることは
書こうとして書いたことではない
書いているうちにこんな形で現われてきたのだ


書くということは
時間がかかる、
一々言葉にしなければいけない
感覚のまま、時空を瞬時に移動したり、
同時進行で考えを行き来することはできない


頭の中では映像や絵や音楽といった諸々が
調和せずとも不調和もせず
共存し動めき合っているというのに


書こうとすると、言語化しようとすると、
言葉を選ばなきゃいけない、
順序立てなきゃいけない、
心の声が一斉に
ああだこうだ
ああでもないこうでもないと私に訴えかけてきて
あっちをたてればこっちがたたず
こっちをたてればあっちがたたず
言葉たちが競い合って訴えかけてくるのを
いやまて、いまはこっちがさきだ
わかったよ、そこまでいうならやってみな
などとやり取りをしながら
言いたいことを、伝えたいことの主旨を
試行錯誤でたぐりよせながら
つづるということが書くことなんだから


それはそれでいいんだけども
要するに
最初に言いたかったことなど
書いているうちにいくらでも変化してしまうんだ
まるで意思願望を剥ぎ取られた
ただの操り人形のように
キーボードを打つ私という人間は空っぽになり
ただただ言われるがままに
機械的に指を動かしているだけの
抜け殻


信号を送ってくるのは
私の中のいろいろな私で
(だからといって別に
複重人格だと言っているわけじゃない
であったら逆に面白そうなもんだ)
耳を傾ければ調子に乗って
本音建前分け隔てなく
愉快に淫らにはしゃぎはじめる


私とはいったい
はてもかような人格の持ち主であったのか
こんなにも多面で未知な考えをもっていたのか


まるで未開の地を探検するごとく
荒れ狂う大海原に立ち向かう海賊船を率い
その先端に刀を振りかざしては
豪腕猛々しい船員たちを鼓舞する船長がごとく
勇ましく果敢にも無謀に
姿無き敵を打ち倒そうとする
その敵こそは自己なのだが


この薄暗いしょぼくれた穴蔵で
そんな大冒険もできるものかと
それなら人生なかなかいける
などとほくそ笑み
幸せの粒を味わおうと
望みを持つもつかの間


己はここに
みすぼらしく肩をすぼめ
ちまちまと言葉を選り分けては
ひらめきの炎も勢いをなくし
頭を垂れては首を傾げ
猫背に無様なすがいで


名も無き時の
名も無き場所で
名も無き生を
大事に大事に書き綴り
息絶えながら
ここにいたということを
自らに向かって
語り聞かせて
いるのである


残らなくてもいいなんて
本当は思っていないから
できることならば
私の全てをここに
残しておきたいから


残すということは きっと
生きることの副産物
残そうとしなくたって
自ずと残ってしまうのだろう


私はこの世に
何かを残すだろうか
何か大切なことを
残すことができるだろうか


できなればできなかったで
まあそれでもいいと思っている
そう思えば気が楽で
気が楽であれば
生きやすい


残さなくてもいいけれど
残れば残ったでそれもいい


[生身の私]
・・・とかなんとかいいつつ
やっぱりしちゃうんだ
日記投稿(笑)